
#5|目的と生活する人の気持ちの連動
第1回~第4回で、「作る側の気持ち」と「生活する人の気持ち」をそれぞれ見てきた。
ここからは、この二つの気持ちがどのように重なり、商品やサービスとして“正解”になるのかについて書いていく。
目的と生活する人の気持ちが重なる
目的と生活する人の気持ちが重なるとは、作る側の気持ちと生活する人の気持ちが、商品・サービスに翻訳されている状態のことだ。
目的は、企業の気持ちだけでつくるものではない。
目的が“正解”になるのは、生活する人の気持ちと重なった瞬間である。
その重なりは、過去のデータから抽出したターゲット/セグメント/ペルソナでは生まれない。
必要なのは、
- 生活する人をどれだけ理解できているか
- これからの時間(現在~1年後)をどれだけ想像できているか
この二つである。
その想像力が商品やサービスに翻訳されると、極端に言えば、生活する人は 「これは自分に向けた商品だ」と感じる。
この瞬間が、目的と生活する人の気持ちが重なり始める最初の兆しであり、価値が共有される入口になる。
価値の共有という“絶対的ベンチマーク”
価値の共有とは、生活する人と企業が同じ気持ちの線上に立つ状態のことだ。
構造として分かりやすいのは、芸能人のファンクラブである。
- ファンはその価値を愛し、支える
- 芸能人もファンの存在を大切にし、価値を届け続ける
この“両方向のファン状態”が、商品・サービスにおける絶対的ベンチマークである。
そして重要なのは、ファンは生活する人だけではなく、作る側もファンであるということ。
作る側が価値のファンであるからこそ、生活する人の気持ちの変化に機微に対応できる。
ロングセラーの商品は、卵の黄身の色のように、時代の気持ちに合わせて少しずつ、段階的に変化する努力が求められる。
ベンチマークを引き上げることは、欲望消化型消費の現代における最も重要な“経営判断”である
ここが最も誤解されやすい。
一時的に売れたからといって、「もっと売れるはずだ」と数字だけを上方修正してしまうと、目的ではなく数字が先行し、作る側が価値のファンでなくなる。
この瞬間から、ブランドの毀損やロングセラー化の失敗が始まる。
欲望が高速で消化される現代では、ベンチマークを引き上げることは企業にとって最も重要な“経営判断”になる。
だからこそ、そのベンチマークが数値だけではなく、価値の共有として腹落ちしているかどうかが重要になる。
価値の共有がまだ十分に育っていない状態でベンチマークだけを引き上げると、現場は数字に追われ、内向きになり、疲弊し、結果としてブランドが壊れる。
一方で、生活する人の中で価値の共有が静かに広がっている“流れ”が感じられるなら、ベンチマークは静かに引き上げればいい。
それは企業にとって健全な判断であり、ブランドにとっても自然な成長になる。
ベンチマークとは固定するものではなく、価値の共有の“広がり方”に合わせて更新されるものである。
価値の共有は、短期的な売上ではなく、生活する人の気持ちと企業の目的が、長い時間の中で重なり続けることで生まれる。
目的は生活する人の“未来の気持ち”まで想像して設定するもの
目的は企業側の都合だけではなく、生活する人の未来の気持ちまで想像して設定するものだ。
生活する人の気持ちは「今の気持ち」だけではなく、これからの時間(現在~1年後)で静かに変化していく。
しかし企業は、過去のデータで意思決定する構造になっているため、未来の気持ちはまだ言語化されていない。
だからこそ、 生活する人の気持ちを深く理解し、 少し先の時間を想像することが重要になる。
その想像力が商品やサービスに翻訳されると、 生活する人は「これは自分に向けた商品だ」と自然に感じる。
目的が生活する人の気持ちと重なり始める瞬間であり、 価値が共有される最初の兆しである。
目的は“気持ちの正解”をつくるためのデザインである
目的とは、作る側の気持ちと生活する人の気持ちが自然に重なるための気持ちの設計図である。
その設計図は、生活する人が選ぶ楽しさを感じられるように、少し先の時間に芽生える気持ちを丁寧に読み取り、企業の言葉として翻訳することで成立する。
目的が生活する人の気持ちと重なった瞬間、価値は共有され、商品は気持ちの翻訳物になり、ブランドは“正解”として立ち上がる。