
#3|目的は商品・サービスにどう反映されるのか
企業の目的は、商品という“形”になって初めて生活する人に届く。
どれほど立派な理念を掲げていても、商品に反映されなければ意味がない。 目的と商品は、本来ひとつの線でつながっている。
今回は、この「目的と商品がどう連動するのか」について考えてみたい。
SKUという「座席数」
商品は企画されて終わりではない。
店舗に並ぶ、通販に掲載されるまでに、長いプロセスを辿る。
スーパーマーケットを例にすると分かりやすい。
店舗の大きさやカテゴリーの強弱によって、SKUと呼ばれる“商品が並ぶ座席数”が決まっている。
ホールの座席数を想像すると良い。
ライブの収容人数が決まっているように、売場にも限られた座席しかない。
この限られた座席を、日本全国のメーカーが奪い合っている。
PB(プライベートブランド)の拡大により、ナショナルブランドの座席はさらに圧縮されている。
私たちが普段目にしている商品は、この競争を勝ち抜いた“座れた商品”である。
商品企画は「目的の翻訳」である
商品は数ヶ月~数年かけて企画・開発される。
- 立案
- リサーチ
- 開発
- 設備投資
- 広告宣伝
- 商談や売場との調整
この長い工程のどこかで目的が弱まると、商品は途中で迷子になる。
昨今はSNSの普及により、小さな会社でもジャイアントキリングが起きる。 好みは細分化し、人口は減少し、右肩上がりの市場ではなくなっている。
だからこそ、目的が必要になる。
目的が曖昧なまま企画・開発を進めると、商品はどこにも届かない。
目的と目標が混同されると、商品はズレる
企業の中では「目的」と「目標」が混同されることが多い。
- 売上を伸ばす
- 新しい客層を取り込む
- 新規顧客を増やす
- 話題をつくる
これらはすべて“目標”であって、目的ではない。
目標を目的だと勘違いすると、商品は「数字を追うための企画」になり、生活する人の気持ちから離れていく。
目的は数字ではなく、企業が社会に対して何を提供するのかという“意図”である。
ここで一つ、架空の例を挙げたい。
特定企業や団体を指すものではなく、目的の構造を説明するためのたとえ話である。
ある老舗のメーカーが、ブランドを展開しているとする。
- 高価格帯で手土産需要がある
- 素材・製法は丁寧
- しかし売上は停滞し、なだらかに下がる傾向にある
企業の目的はこう掲げられている。
安心安全/厳選した素材/質の高い商品を提供し、お客様を笑顔にする。
一見すると正しい目的に見える。しかし、これは「企業努力の宣言」であって、「生活する人の未来を開く目的」ではない。
このメーカーが属する商品群には、 長い時間をかけて育まれた歴史と文化がある。その積み重ねは、「日本独自の美しい表現」と評価されている。
本来であれば、これらは目的設定の“資源”になり得る。
歴史や文化がある領域ほど、良い意味でも悪い意味でも“固定概念”や“習慣”が生まれやすい。
それらは価値の源泉である一方、企業が未来を描く際の制約にもなり得る。
Combined Designが大切にしているのは、歴史や文化を尊重しながらも、固定概念をほどき、企業が自由に未来を描けるようにすること。
そのためにも、目的は抽象的すぎてはいけない。
分かりやすく、シンプルで、誰もが可能性を感じる目的が必要になる。
しかし、企業の目的が
安心安全/厳選素材/高品質
といった「企業努力の宣言」に留まってしまうと、歴史や文化が十分に活かされず、今とこれからの気持ちに届かなくなる。
結果として、
- 新しい客層に届かない
- シーンが限定される
- コミュニケーションが変化している
- 歴史・文化が“目的に活かされていない”状態になる
それを目的としてどう翻訳するかが重要になる。
目的が商品に宿ると、価値が循環する
目的は、抽象的すぎても届かず、実務的すぎても物語が立ち上がらない。
生活する人の今とこれからの気持ちに届くためには、分かりやすく、シンプルで、誰もが可能性を感じる目的が必要になる。
その目的が商品に反映されると、
- 生活する人の気持ちが動き
- 売場が開き
- 価値が循環し
- 企業らしさが自然に立ち上がる
目的は企業の芯であり、商品はその芯を生活する人に届ける“翻訳装置”である。
目的が商品に宿ると、企業と生活する人の間に価値の循環が生まれる。
商品は企業の目的を映す鏡だ。
目的が曖昧なら、商品も曖昧になる。
目的が強ければ、商品は生活する人の中で意味を持ち始める。
売場に並ぶひとつひとつの商品の裏側には、企業の意図と、企画担当者の判断と、生活する人の気持ちが重なっている。
その連動を見つめることが、企業の未来を整える最初の一歩になる。